というわけで、痛みの原因となる診断名を付けることはあきらめて、「慢性疼痛」または「疼痛性障害」として痛みの減少そのものに対してアセスメント&プランを勧めることとしました。
実は自分の外来では、この「数年前からずっと痛いんです」という訴えで外来を受診する患者さんが多いんです。
特に自分の診療内容をある程度理解してくれている若手の先生(外科・整形など)から紹介していただくことが多いんですが、後ろでいつも診療を盗み聞きしている看護師からさりげなくカルテを回されることも多いです。
印象に残っている大物だけでも5-6名いますが、長年、複数の科にかかって� �「原因不明、よって治療不能」とされていた方が、自分と出会って数ヶ月で「痛みが気にならない生活」を手に入れられるようになるのをみていると「医者になってよかったなあ」としみじみ感じられます。
特に、大学病院や大病院のご高名な先生方を狙ってドクターショッピングしていた人が、何の肩書きも実績もない自分に偶然引っかかり、世界が変わる瞬間を見たときの達成感というか優越感というか、この間隔は医者をやり続けることのやりがいとしてはかなり大きなものです。
さて、いつものdynamedで検索してみました。
dynamedでは「pain disorder=疼痛性障害」というDSM-?-TRの診断名で、UpToDateでは「chronic pain=慢性疼痛」という自分が普段使っている言葉で出ていました。
簡単に両者の特徴を読み比べてみましたが、前者は主に精神科領域から出てきているようで「心理社会的背景」を踏まえて、後者は麻酔科や整形、内科などの「生物医学的」な側面を踏まえて出てきた概念のようです。
以下は、おもにdynamedの記載からの抜粋です。
"肥満" "高度な減量センター"
「疼痛性障害」の定義は、「慢性的な痛みがあるんだけど、身体所見や検査データではその原因が特定できないもの。もしくは原因となりうるものが見つかりはするが、それだけでは説明できないような痛み」のようです。
よく見かけますよね。
40-50代の女性で2倍ほどの頻度があるようです。
実際に自分が診たことのある患者さんたちも、ほとんどこの年齢層の女性が大半でした。
適当に「自律神経失調症」とか「ちょっと早いけど更年期障害」とか言われて、適当に安定剤を長期処方されたり、精神異常者扱いされたりしているのを良く見かけます。ひどい話ですね。
一般人口における疾患頻度は15%程度。
国や地域、研究条件によってかなりばらつきはあるものの、少なく見積もっても2%以上はいるようです。
良くある疾患と思ってよさそう。実感よりはだいぶ多く、普段の診療では流してしまっているんですね。
発症のリスク因子というのがあるそうです。知らなかった・・・
「感情を表現する環境がないこと」が唯一同定されている原因のようです。
たしかに感情や自分の考えを共有する相手がいない人がほとんどで、医者の前だけで自分のつらさを雄弁に語るというパターンの人も多かった気がする。
ほかに考えうるリスク要因としては、小児期の「分離不安障害」(親と離れることに過剰な不安を持つ子。幼稚園行きたくない病みたいな)、ほかにも女性であること、社会的階級が低いこと、非雇用状態などがあるようです。
ほほう・・・ solid FACTsですな。
Psycho的な問題だけでなく、Social的な問題も絡んできているあたりが、家庭医の興味を引くわけですね。
合併症としては、うつ病や不安障害がありますが、ほかにもアルコール乱用やアルコール依存も関連が疑われているようです。
うつ病のコーネル大学の規模
痛いのを放置しておくと、より深刻な状況になってしまいうるんですね。
病歴では「感情をうまく表現できないこと」、既往歴では「ドクターショッピングの既往(!)」が挙げられています
確かに、今までの人生で痛みがどういう影響を与えてきたのかの背景を聞き出そうとしても(患者さんの「やまい」の物語の傾聴)、感情や考えそのものを語ることはできず、「痛み」を通してしか表現できない方が多い印象です。
痛みでどんな気持ちになるか、痛みのせいで日常生活にどんな影響があるか、この痛みがどうなって欲しいか、この痛みは何だと思うかなどを聞いても、「この痛みはこれこれこういう風に痛いんだ」といういうふうに「痛みの性質� �のもの」の表現と「この痛みを何とかしてください」というある意味受動的で相手任せな発言が目立つ印象でした。
今までは「年単位の痛みを訴える人たち」というくくり方でこの疾患群を捉えていましたが、今回得た知識で「心理社会的背景を持ち、(本人は自覚できていないが)痛みを通してでしか感情や考えを表現できない人たち」という別の見方がでてきました。
知識の羅列を知ることで、世界観が変わる。
これだから勉強は面白いですね~♪
治療に関しては、「これで万事オッケー」というほどのものはないようです。
SSRIなどの抗うつ薬は限られたエビデンスしかないようですが、これは研究の規模が小さいことや、高い治療中断率に由来しているようです。
そして「陰性感情(嫌だなとか、嫌いだなとか)を認識できるように教育すること」や「陰性感情を表現できるように教育すること」は有用なようです。
私が「疼痛性障害」に頻用している三環系抗うつ薬「トリプタノール」は、主観的には絶大な奏功率を誇っていましたが、まったくエビデンスはないようですね・・・
びっくり。
ペンシルベニア州の痛みの管理医師
耳学問で「慢性の痛みにはトリプタノール」とうろ覚えだったのをひたすら実践していましたが、これは線維筋痛症など特異的な疾患の話で、「慢性疼痛」のすべてに適応できるほどの根拠はなかったようです。
すでに「知ってる」と思っていることでも、折に触れてエビデンスを調べることは重要ですね!
ここでUpToDateのchronic painの治療の項目を見てみると、こちらでは三環系抗うつ薬は「もっとも研究されてきてその有効性も実証されてきている」ものと記載されています。
その効果は「抑うつなどの精神疾患の合併の有無にかかわらず」疼痛を軽減するという記載もあり、これは私が以前に「耳学問」で聞いた覚えがあるので、たぶん自分の知識の断片はこの「chronic pain」のことだったようです。
確かに、あまり深く考えず「慢性疼痛」とカルテに記載していました。
耳学問の根拠を調べることも重要な態度ですね。
全部を調べてからアクションを起こすのでは遅すぎるので、程よい耳学問の活用も必要。
でも、耳学問だけでこなしていると根拠があいまいになって、じょじょにテキトーな医者になってしまう。
緊急度にあわせて自習と耳学問のバランスをとりつつ、耳学問で得た知識は必ず根拠を自分で調べるというのが重要ですね。
ここまでの治療に関する知識をまとめると、今までであった「疼痛性障害」または「慢性疼痛」の患者さんたちが軒並み回復していったのは、薬のおかげもあるとは思うけど、それ以上に、私が「大丈夫、ここでその問題に取り組みましょう。治癒しなくてもとりあえず気長に付き合いますから」と『関係性を軸にした診療』をしていたこと(家庭医療の基本中の基本です)や、「精神的なストレスをうまく表現できなくて『痛み』という信号で「そろそろ休もうか」と体が警告してくれることも多いみたいですよ」と陰性感情やストレスの表現としての痛みであることをそれなりにうまく説明していたからなのかなと思いました。
もちろん、自然経過でちょうど良くなっていくタイミン グに同席しただけという可能性もありますが、2年とか10年続いていた痛みがほんの数ヶ月の付き合いでみんな良くなっていくのを見ていると、偶然とは思えません(臨床研究者としてはあるまじき考え方ですが)。
治った理由が何であれ長年の苦悩から開放され目をキラキラさせている患者さんと会うのはとても力をもらえるので、家庭医や総合医を目指す方はぜひ「疼痛性障害」の患者さんを見かけたら積極的にかかわっていくといいと思います。
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